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  • 2017.02.09 Thursday
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ラーメン屋さんにて

久しぶりにラーメンが食べたいなーと、

職場の近所(といっても私の足で15分くらいか)の店に行きました。

会計を終えて戸を引きながらふと目を上げると、

「替え玉 ストレート100円 ちぢれ150円」の張り紙が。

ああこんなところにも生きてゆくうえでの負担増しみたいなものが現れているなあ…と

帰り道はしみじみしてしまいました。ひがみでしょうか。

 

2017年2月9日


「青ネギ畑でつかまえて」

と題された、

ネギ畑で寝そべる猫の写真をインターネット上で見つけました。

 

高校の時にいっとき(だけ)惹かれていた人がいて。

僕は秋からの編入だったんですけれど、その人の隣の席をあてがわれたんですね。

十二月になって、勉強を教えてくれたお礼にとその人が、

お祖父さんが育てているというネギを段ボールひと箱送ってくれたことがありました。

北向きの僕の部屋に保管されたのですが、

夜になるとネギの青く甘い香りがいっぱいに立ち込めて、

「今僕のへやはネギのアロマ効果でいっぱいです」と、

お礼状を書いたことを思い出します。

ところで鹿児島大学農学部の農場には小麦大麦ライ麦と種類別に

違いが一目でわかるひと畝があるのですが、

これは夢中になって遊んでいたら崖から落ちもするわ、

と瞬時に納得するライ麦の丈の高さです。

 

1月17日


冬の夜に

帰宅して夕食の下拵えをしてからシャワーを浴びて着替える。

大鍋に野菜を茹でる湯が沸くまでを待つ十数分間が、

一日で一番安らぐ時間かもしれない。ショパンのワルツなら2、3曲は充分弾ける。

このところはブラームスのハンガリー舞曲第一番を練習しています。

昨日今日は帰りが遅かったのでピアノは弾けず、

中島みゆきの「店の名はライフ」をひたすら回す。

今夜はこれも冬の私の風物詩の鼻血が出て踊れないのでこれを書いているのです。

店の名はライフ三階は屋根裏あやしげな梅色の行きどまり。

そうそう、いつも運命論がどうしても梅色に聞こえてしまう。

でろんと厚身な梅干しの褪せた肉色とでもいうか、

だって時々とんでもない色のドアってあるじゃないですか・・・

12、3年前ミドリカワ書房氏が自身のライブの曲紹介に、

他人が吹き込んだ録音を流すということをしておられて、

ある回何故か私にご指名をいただいたことがある。

メジャーレーベルとはこういうものかと、

キョロキョロしながら入った立派なオフィスの会議室で、

氏の代表曲のひとつ「リンゴガール」の前フリを吹き込みはじめたら、

ディレクター氏から「『リンゴが、ある』にならないようにしてくださいね今のところ大丈夫ですけど」

と指示が出てあとは意識したら最後のお定まり、延々の監禁となってしまった。

 

1月12日


PENGUIN

製鉄所のコンビナートは赤と白の市松模様。

槇原敬之作品の中でも特に評価の高い「PENGUIN」、

中村中というひとの声を今夜この曲で初めて聴いた。

原発ですっかり有名になってしまった薩摩川内市には大きなパルプ工場があって

紅白の横縞の高い煙突が立っている。その傍ら、

まさしく滔々という言葉がふさわしい川内川の堤防を西に向かって歩くのが好きだ。

彼女の2ndアルバムを発売後割とすぐに買いながらも半ば義務感が先立ったからか、

ずっとプレイヤーに入れることもできずに鹿児島に引っ越してきて数年、

もう何処かへまぎれてしまった。

この曲が入った槇原氏のアルバム『UNDERWEAR』(1996)、

高井戸のTSUTAYAで店員さんに在庫を尋ねると、

「ああ…」と深い納得を込めた声で頷いて、

赤白二色を配しただけの印象的なジャケットを持ってきてくれたことをずっと覚えている。

 

11月22日


インタビュー掲載誌のお知らせ

日ごとに深まる秋、

いかがお過ごしでしょうか。

さて先日発売となりました『プレジデントネクスト』村上春樹特集号、

「村上文学の源流 ドストエフスキー&フィッツジェラルド」にて、

私の、見開き2頁豪華カラー写真つき(まあ言わせてください…)のインタビュー記事が、

掲載されております。

ドストエフスキー担当は亀山郁夫先生という畏れ多さですが、

ご高覧いただければ幸いです。

 


組み合わせ

先日後れに後ればせながら酒井順子さんの『ユーミンの罪』(2013)を読みました。

第一アルバム『ひこうき雲』(1973)から『DAWN PURPLE』(1991)まで

計20アルバムを扱った著作。私としては『時のないホテル』(1981)が章立てはおろか

「非常にシックなつくり」の一言で片づけられているのが不満ですが

それはまあ措いておいて。

川端『雪国』(「悲しいほどお天気」in『悲しいほどお天気』)

小野小町「花の色は…」(「経る時」in『REINCARNATION』)

鴨長明『方丈記』(「川景色」in同アルバム)清少納言「春は、あけぼの…」

(「DAWN PURPLE」in『DAWN PURPLE』)等、各作品を論じるのに

日本文学が引き合いに出されているのは散見されるのですが、

海外の作家・作品で唯一酒井氏が言及するのがあろうことか(!?)フィッツジェラルド、

それも『夜はやさし』なんですねえ。

まあより正確を期して言いますと「DESTINY」(in 『悲しいほどお天気』)の分析に際して

『夜はやさし』のモデル(のひとつ)とされているジェラルド・マーフィ夫妻の記録たる

C・トムキンズ『優雅な生活が最高の復讐である』を用いているということなんですが、

全編通して唯一その名が表れる外国作家が(トムキンズを除けば)フィッツジェラルドとはこれいかに、

と考え込んでしまいました。

しかし世界文学長し広し、じゃあ誰なら違和感がなかったかといろいろ考えてみれば、

フィッツジェラルドとユーミンって、

意外と芯を突いている組み合わせにも思えるんですよね・・・

 

8月18日


J'ai deux amours

ワープというのか、京都と鹿児島を行ったり来たりしていると、

ときどき時間空間のねじれる感覚がある。

この五月の謡の師匠の急逝はまことに痛恨事であった。

週末、初盆ではあるし奥様に何か、といつも和花を頼む花屋に行ってみたが、

祇園祭の花である檜扇(ひおうぎ)以外に花がない。

それでも何とかと、正しく鰻の寝床の奥までさらってもらうと、

タメトモユリという初めて知る名の百合の花が出てきた。

源平の武将達には全く明るくないが、

ハテどこかで聞き覚えが、と記憶を辿れば、

薩摩半島を枕崎まで歩いた三年前、

炎天下にスウェットスーツという思い出すだに恐ろしい道行で、

ひととき腰を下ろして息をついたのが、

落ち延びた源為朝がそこに座って琉球への舟を日ごと待ち続けたという、

為朝石なのだった。

絡み合う深い樹々がちょうど目隠しのような静かな入江を見下ろして、

なるほど滑らかで座り心地の良い黒い石だった。

 

曽我十郎五郎ものの『小袖曽我』が上がったならば次は、

『大原御幸』をお願いしようと、

心ひそかに余りといえばあまりな野望を抱いていた矢先の訃報だった。

ご葬儀から十日ほど経って、

かつて後白河院が安徳帝を喪ってなお生き延びた建礼門院を訪ねた寂光院へ、

源氏政権を憚って静原の補陀落寺詣でに偽装したその足跡どおりに

鞍馬からふた山越えて大原に入り、師匠へのひそかな供養としたことだった。

 

 

7月25日

 


落花

としどし桜の楽しみ方も違う。
特に今年はまだ気配も見えない曇天の鹿児島から降り立った東京が
もう爛漫の四月一日だったので、
額にぽんとピンクの印を押されたような猫だましを喰らったような、
そんな思いで今吹き散る花びらを眺めている。
後輩扱いさせてもらっている某先生は灰色のひと、
いつもこの詩が浮かんでくる。あはれ花びらながれ/をみなごに花びらながれ/
をみなごしめやかに語らひあゆみ...をみなごは今どうでもよいのだが、
薄紅の桜の花びらが散って積もって流れて、流れたその後のただ灰色の石の上に、
紅の幻がくっきり映る。
そしてひとりなるわが身は影をあゆまする甃のうへ。
こんな春のメランコリーを手当てするなら、
例えばユーミンの「リフレインが叫んでる」だろうか。
最後の春に見た夕日はうろこ雲照らしながらボンネットに消えてった―
しかしこれは四季ごとに自作を割り振った『Seasons Colours』でも
《Autumn》に収録されているように、秋の歌なのですね。
大昔非常勤先で渡された一般教養のテキストに「母よー/淡くかなしきもののふるなり/
紫陽花いろのもののふるなり」から始まる同じく三好達治の「乳母車」の、
設定されている季節を答えよという問題が載っていて、これも正解は秋なのであった。
われをのこ今歳不惑、春秋は富むか高いかあるいは今まさに盛んなるか。
自分の年齢に千円札を掛けた金額を持ち歩けと山口瞳がむかし言っていたが、
とりあえず水二本生協のカウンターに持って行って
すごすごそのまま引き返すようなことは今後避けたい。

北京ダック十本喰ふておらが春。
武田泰淳『貴族の階段』のヒロイン西の丸氷見子嬢の怪作、
「菓子食べて、やや喜びし春の猿」をふざけたつもりが、
下五になにか別の人が入ったようでもある。
ともかくも野暮ったいぽってりとした味噌の甘みはまことに春の気分である。
東京はふるれば落つるばかりの桜の満開で、驚いた。
これからは間髪を入れずにつつじが咲き藤が咲きそして万緑の季節となる。
目には青葉山ほととぎす初がつを(素堂)。
生きていて良かった今日はカツ丼にケーキにあんみつ食べた嬉しさ(カツオ)。
当家のあんみつはまだ冷蔵庫の中である。

「The Great Race, The Great Gatsby―
人種主義から読む『グレート・ギャツビー』」という研究発表を、
九大西新プラザで行いました。
私は福岡という街の楽しみ方が未だに分からず、
いつも何となく悔しい思いを抱いて帰途につくのだが、今回は花が良かった。
Oホテルロビーに飾られた薄紫のストックとアルストロメリアを見て思い出したのは
秩父宮妃のメモワールの一節、クイーン・マザーのお茶に招かれたとき
王室の誰かが亡くなったばかりで宮殿のそこここに飾られた紫色のストックの花が、
「いかにも宮中喪に相応しく思われた」よし。
ひと夜明けて天神大丸の正面入口にはとりどりのピンクのチューリップが花びらを
のびのびと反り返らせながら大輪の花を重ね、まさに春降り積む、という趣。
そして今紅茶を飲んでいるカフェの卓上、濃桃色のアスター菊、オレンジのガーベラ、
そして再び薄いピンクのストックが、ユーカリの葉とともに円いガラス器に入って、
これはクルクル360度僕の手のなかで回って可愛らしい。
A.クリスティの佳編「あなたのお庭をどうする気?」、
TVドラマ版では老婦人がエルキュール・ポワロにストックの花の種の袋を渡して、
身に迫っている危険を訴えていた。
彼女はストック(stock)に株券の意味があることに文字通り命をかけたのだったが、
stockにはまた人種の意味もある。
なかなか1920年代アメリカにぴったりの花とも言えようか。

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