帰鹿

午後五時の便で帰鹿、夕食をとったのち、
パンッパンッと部屋の電灯を消してまわりながらふと庭を見て、
思わず声を上げた。
こぶし二つ分はゆうにある、勲章のようなバラの花が、
紅白それぞれ十個以上乱れ咲いて、
折からの満月に照らされてゐるではないか。
赤薔薇白薔薇ランカスターとヨークのばら戦争というのがあったけれど、
流石にこれは戦いには非ず、美の競い合い誇り合いというところであろうが、
この数年私は「ゴシック」をテーマに論文を書いていることでもあり、
凄絶な美しさに、とりあえずここに記録をとった次第である。

大阪の伊丹空港ではボート部の学生さん2人に声をかけられ
―琵琶湖で大会があった由。
ボート部(正式には漕艇部)には四月早々、新入生と間違われて勧誘されましたの―
空港からのリムジンバスを降りて入ったスーパーマーケットでは、
やはり私のクラスの学生さんがレジを打ってくれた。
幸い中身は豆腐と豆苗とアスパラガス2束だったので、
「ヘルシーですねえ」と褒めてもらえたが、
ジャンクなものが入っていなくて本当によかった・・・
母に持たされた筍ご飯と出し巻き玉子、エビ焼売(出来合い)にアスパラガスを茹でて夕食。
伊丹空港へ向かうモノレール沿いには、
アカシア(正確にはニセアカシアまたは和名ハリエンジュ)の白い花房が
綺麗でした。
早く着いたので空港内のHのキャッフェヱー(ただのイートインコーナーです)で、
特製アイスクリーム、名物の豚まん、551ラーメンを食べる。
膏が少々重たく感じた豚まん以外はとても美味でした。

ところで私が1992年〜1999年に創作・録音した曲を集めました「Old History」、
引き続きご愛聴のほど、よろしくお願いいたします。
http://flavors.me/chiyoda_natsuo#529/soundcloud
↑この「Old History」収録の「かなしみ」(5曲め)は、
1995年初頭のテイクだったと思います。
そこから16年経った2011年4月、
↓このようになったわけです。
http://www.youtube.com/watch?v=BcsgsuqWu54
楽しみ方のひとつのご提案として・・・僭越なことですが。

おやすみなさい。

5月6日


皐月

 菜の花や淀も桂も忘れ水   言水

淀川も桂川も滔滔たる大河であるが、
この菜の花の大海の中にあっては、
途切れ途切れのせせらぎのようなものだというわけ。
今回帰省してまことに意外だったのは、
桂川も鴨川も、川沿いに菜の花の盛りであったことである。
鹿児島の庭では、藤の花房をなす小花のひとつひとつが池に落ちて水面を集まって漂い、
花筏(はないかだ)というのは桜だけのことではないのだなあと
気付かされたのだったが、
京都ではまだ藤は咲かぬ。つつじもこれからである。

きのうおとといと二日間、謡の集中稽古。
なんとか「熊野(ゆや)」を上げていただく。
今日はIでチョコレートパフェを食したのち
(何度も言うがここのチョコレートパフェは日本一である、金曜からの帰洛でもう3回目である)
四条通をずっと東へ、途中先斗町に寄りつつ祇園石段下まで、
八坂神社参拝、高台寺道、二年坂、参寧坂を登り切って、
清水寺まで歩く。
昨春からなぜか、
京都に戻ると一度は清水の舞台まで出かけてゆく。
いつもそれは日暮れに近い。
自分の住まいのある洛西のほうを見やると、
竹林をそこだけ淡い緑の裾綿のようにしてはべらせたゆるやかな山並みに、
その上の雲から、幾条かの光がまっすぐと下りてきていてまことに聖、
粛然とした気持ちになる。
その心の緊張に、幾星霜参拝の人々の掌を受けてきた、
舞台の欄干の柔らかな木肌が、そっと沿うてくれる。
そして下に降りて緑陰なすなか音羽の滝の前を通るとき、
ここを舞台にした、戸板康二の「滝に誘う女」という、
もっさりした短編のミステリのことを、いつも思い出す。

四條五條乃橋の上 四條五條の橋乃上

「熊野」の文句通りに鴨川にかかる橋々を往ったり来たりしていれば、
互いに相見知らぬ仲ながらも「とりましょうか」とシャッターを押し合う
観光客らの姿も微笑ましい(私は何様だ)。

四條五條乃橋の上 四條五條の橋乃上
老若男女貴賎都鄙

稽古で地の部分まで一人で謡いとおすならば、
主人公の熊野、その侍女の朝顔、熊野の主君たる平宗盛、その家臣とあわせて、
老若男女5種類を演じ分けるわけである。
そういえばシューベルトの「魔王」も四通りくらい声を変えるけれども、
昨日の稽古では宗盛の部分、「位をもって」というご注意があった。
家来と同じように謡ったのでは駄目なのである。
いわゆる「位取り」など、日本舞踊で昔、
武原はん、藤間の家元、吾妻徳穂の御三方が、
それぞれ「松」「竹」「梅」を舞っているのをTVで観たときに
言葉として聞いたことがあった位で、
わが身に降りかかってくる日が来ようとはついぞ思っていなかった。
新鮮なお叱りでありました。

高島屋内のTで黒蜜氷白玉アイス乗せ練乳がけを食したのち、
Tの四条支店で味噌餡・御膳餡(こしあんのことです)の柏餅、
粽(ちまき)二種(水仙(葛粉)、羊羹)、こなしの「香ばら(においばら)」を求めて帰宅。
昨日はF総本舗の柏餅―ここの柏餅が京都で一番である―、
今日は父が渡月橋たもとのKで餡なし桜餅(弟はあんこがキライ)、
それにかつてご近所であったK夫人が私の鹿児島行きのお祝いにとて、
これはもう全国的に有名になってしまって入手困難な、
出町Fの豆大福と粽を私の留守中に届けてくださっていた。
お大尽である。
まあよろし、あさっては子どもの日だもの。
父が今春から東京のW大学の教壇に立っているので、
ひさびさに一同の顔が揃った京都の宅である。
と、ここまで記してきて気付いたが、
「熊野」も外枠は、病み伏している故郷の老母に会いたいと請願しながらも
花見に連れ回され、やっと許されて喜び勇んで東下りするという、
熊野の帰省話であった。


5月3日


When Lilacs Last in the Dooryard Bloom'd

 先ごろ私の戸口にライラックの花が咲いたとき・・・
あまりにも有名なホイットマンのリンカーン追悼詩の謳い出しであるが、
このところ外出から戻るたび僕を迎えてくれていた、
玄関脇の二輪のライラックも散り果てた。
この家が建ったときからあった古木である。
今夜は豚のしょうが焼き。
たまたま読んでいた漫画にレシピが載っていたので。
急な坂をずーっと降りて、
豚肉と新玉ねぎを買いにゆく。
美味しくできたけれど、味を立てるのに相当量のしょうゆを注がねばならなかった。

いま、庭はまずバラの季節である。
花芯にわずかに白を残しながら、
花びらの縁に向かって透明なピンクがひろがってゆくもの、
オレンジの強いピンク、白、そして真紅クリムゾン。
この真紅のバラは、
私がデビューアルバム『Still Life』3曲目収録の「あこがれ」の中で
「赤いばらが海に散る 五月の僕の悲しみよ…
青い海にばらが散る 五月の僕の悲しみは…」
と歌ったバラの樹である。当時から丈は3倍にもなったか。
紅を増したバラの花の向こうには、今も毎日青い海が見える。
ちなみにこの歌を好いてくださった恐らく海外のどなたかが、
ご自作?の映像つきでyoutubeに投稿してくださっているので、
ご一聴いただければ幸いです。
http://www.youtube.com/watch?v=lxF3cQMIHXo


建物から離れるにしたがって(もとより全く大した距離ではない!念のため)
白い花も目立つ。
たわわなオオデマリ(大手鞠)、
シャリンバイ(車輪梅)、秋に赤く実るべくこの季節に花付くピラカンサ、
オガタマ(黄心樹。古今伝授三木のひとつである)の花、
そして甘さ6割清しさ4割に香る、
文旦や夏みかんの、それはそれは肉厚な五弁の花々。

朽ち果てた鉄棒に蔓を巻くクレマチスは、鮮やかな江戸紫の花を二輪咲かせている。
次々に現われる花々をこのブログに追うている時間がなくて、焦る。

4月24日
・・・・・・・
註 
古今伝授 

古今和歌集の中の語句の解釈に関する秘説などを特定の人に伝授すること。
三木・三鳥が中心で、切紙伝授を生じた―後略―(『広辞苑』第五版)

あとの二つは河菜草、めどに削り花。
前者は河骨(コウホネ)、後者はめど萩に木製の造花を付けたもののことを言うらしい。



月曜の朝に

 西洋ハコベに普通のハコベ、
カラスノエンドウ、ホトケノザ、そして日本の忘れな草ともいうべきキュウリグサ等々、
庭の草々がいまやわらかい。
手のひらを乗せれば水を撒いたわけでもないのに吸い付くような湿り気で、
わんと押し返してくるハコベの叢の豊かさである。
その中に椅子を二つ持ち出してエマソンを読む。
座る籐椅子は少し反り返って伸びをすると、背ながたわんで丁度良い。
一方の赤い木製の小さな子供用の椅子に置いた、
ローラ・アシュレイ(母の趣味である)の小薔薇模様のプリントされたグラスに注いだ、
ヘルシア緑茶すっきり(ガレージW氏のお奨めである)は数片の氷とともに尚涼しい。
光と水と緑に囲まれてずーっと横文字に目を走らせていると、
エマソンの説くとおり、そのまま自然に溶けてゆきそうである。
まあこれはいささか撞着を含んでいるのであって、
彼は過去の権威―エマソンは今や大権威である―など
一切信用するなと述べているわけだが。

今朝はバラのつぼみが濃い桃色を初めてのぞかせた。
つぼみ全体のつまんだような形はまだ崩れない。
イチョウは日ごと緑の珠を賑やかにし、センダンの新しい葉も先ほど見つけた。
二本ある大手鞠はまだ色づかぬながらも花の球をもういっぱいに付けて、
白く花咲く準備万端、ライラックも紫の蕾を見せている。
家とそれを立ち囲む数本の老木には青い霞のように藤の花房が、
今年は特にあえかに、それゆえに優美に揺れている。
おとといの晩、気に入りの白薩摩の牡丹の湯呑を探していたら、
初めて見るスイカズラの有田焼を見つけた。
薩摩と違って磁器だから真白い地に、
藍、朱、緑、そして金で、のびやかに三輪の花と蕾、葉が描かれている。
掌に気持ち良く沿う大ぶりの茶碗で、夜は夜とて毎晩深蒸し茶を飲んでいる。
藤とスイカズラ、だんだんとこの家がフォークナー荘に変わるころ、
春も深まって陽春となるのである。

今日はこれから初めての授業である。
どのネクタイをしめようか。

4月9日

・・・・・・・

藤は米作家ウィリアム・フォークナー(William Faulkner, 1897-1962)の
『アブサロム、アブサロム!』(Absalom, Absalom!, 1936)において、
スイカズラは同『響きと怒り』(The Sound and the Fury, 1929)において、
それぞれ重要なイメジャリを成す花です。
2010年6月の当ブログの記事もご参照いただければ幸いです。






新年度

 気がつけば薩摩は半ば葉桜である。
食卓の私の椅子からは死角になっている庭のソメイヨシノが
いっぱいに花をつけて、
もう所々新緑に芽吹いているのが目に入ったのはつい昨日のこと。
今週から始まった新年度、みなさま如何お迎えになりましたか。

今年の鹿児島の四月は、
桜も藤もつつじも一気に咲いた。
街路のそこここにはいかにも南国の春を写し取ったような、
黄、オレンジ、サーモンピンクのヴィヴィッドなポピーの花が無数に植え込まれている。
丈の短いキンギョソウの植え込みも、他県ではあまり見かけないものだ。

昨日から我が家には新たにシロハラ(鳥です)がやってくるようになった。
たった今も、外出先から帰ってきて窓を開けると、
さーっと斜めに、テラスの軒先に降り立った。
家守の猫も一人暮らしを憐れんでか毎晩1−2時間おきに2‐3回、
話し相手に現われてくれる。

昼飯か夕飯には毎日出盛りのアスパラガスを茹でる。
ホワイトアスパラガスはその乳白色に、
淡い紫やピンクが薄くかかっているのが印象主義の画を見るようで美しい。
緑のもの白のもの取り混ぜて調理するが、
ホワイトのほうが通常のグリーンアスパラよりも堅く、ゆだるのに時間がかかるので、
時間差で鍋に入れ、かつ根元と穂先でまた火の通り具合が違うから、
5回ぐらいに分けて茹で上げてゆくこととなる。
面倒といえば面倒だが、とりたてて苦痛でもない。

庭の足もとに菫がどんどん咲き出しているので、気を付けて歩かねばならぬ。

4月6日

















蝶と花と

 庭を歩くとつま先から紋白蝶が立ってゆく。
この家には椿の樹が多く植えてあるので、「南椿庵(なんちんあん)」の名前もある。
暮れから咲く花の小さな侘助から一重八重の大輪まで、
色もとりどり、今はとくに隣家との境と書庫の前とに二本ある、
白い真円の八重の花が盛りである。ちょうどシャネルのカメリアを思わせる花である。

一日のうちに風の動静、陽の栄衰、もろもろ移り変わってゆくが、
穏やかなときに庭に出て海を眺めていると、
荒井由実の「海を見ていた午後」が実にしっくりくる。

夕方父帰洛(洛という字は京都にしか使わない)。
入れ違いに新しいテレビとDVDプレイヤーを電器屋さんが持ってくる。
初めての薄型である。
取り付けの間、ショパンのワルツ2曲、ベートーヴェンのパセティック・ソナタを練習する。
筍、ふき、貝柱の煮物、水菜の黒胡麻和え、
サーロインステーキ(ホワイトアスパラ、人参、玉ねぎ添え)、
筍ご飯で夕食。煮物とご飯には庭の山椒の葉を手のひらで、
ぱん!と叩いて香りを出してから乗せて食す。
食後に「ラルゴ」「ロッホ ローモンド」「希望のささやき」「ムーン・リヴァ―」
「シェルブールの雨傘」「若者たち」("君のゆく道は〜")「ある愛の詩」
「音楽に寄す(An die Musik)」を歌う。ピアノは母。


・海を見ていた午後

あなたを思い出す この店に来るたび
坂を上って今日も ひとり来てしまった
山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く三浦岬も見える

ソーダ水の中を 貨物船が通る
小さな泡も 恋のように消えていった

あのとき目の前で 思い切り泣けたら
いまごろ二人ここで 海を見ていたはず
窓にほほを寄せて カモメを追いかける
そんなあなたが今も 見えるテーブルごしに

紙ナプキンにはインクがにじむから
忘れないでって やっと書いた遠いあの日

(作詞・作曲 荒井由実、1974)



3月25日

第二信

 一転して今日は春の嵐。
いまは収まって立ち込めるもやの中眼下に明滅するのは
ギャツビーの見ていた緑の灯、
我が家から20分ほど丘を下って海岸道路まで歩いてゆくと、
小さな小さな燈台があるのである。

夕食に刺身(ブリ、アジ)、切り干し大根の煮びたし、牛肉角切りステーキ、
水菜の白胡麻和え、白飯。
そののち母のピアノで種々歌う。
「蛍の光」「緋色のサラファン」
「ロッホ・ローモンド」「ロンドンデリーの歌」「庭の千草」などは、
日本語と原曲の馴染みもよい。
クラシックとしては「音楽に寄す」(シューベルト)「日曜日」(ブラームス)
「のばら」(シューベルトとウェルナーのもの両方)
「ラルゴ」(ヘンデル)「カロ ミオ ベン」(ジョルダーニ)など。
父も入って「椰子の実」「希望のささやき」「遥かな友に」
「花」(滝廉太郎のほう)「アロハ オエ」「春の日の花と輝く」
「ステンカ ラージン」等々。
「赤とんぼ」「荒城の月」も久しぶりの登場であった。

二時間くらい延々歌っていたか。
疲れると、昨夜父が熊本の送別会で頂戴して持ち帰ったカラーの花など時にいじりながら、
鹿児島行きにあたってじつに沢山お心づくしのお手紙をいただいた中で、
A先生が私の大好きなデュフィの「カラーの束」( "Bunch of Arums")
という画のカードでお便りくださっていたことを、思い出していた。
カラーというのは花の形が襟すなわちカラー(collar)に似ているからそう言うのではない。
calla という近代ラテン語(1500年以降に出現、主に学術語に用いられる)の音読である。
それをそのままcalla と呼ぶこともあるし、arumもしくはarum lily とも言う。
arum family  といえばサトイモ科のことである。
日本語ではオランダ海芋(かいう)という。
「海芋大きく 活けてマキシム帽子店」という誰かの句が歳時記にあったのを、
ずっと覚えている。
初めて見たときは、こんなのが俳句になるのかいな、と軽い反発を覚えたが、
西洋帽子のブティックとすっきりモダーンなカラーの花のイメージの重なりが、
ある種の興趣を生み出していた時代もあったのだろうとおもふ。

さっき、食堂から今これを打っている居間を振り向いて、
二台あるピアノの上、サイドテーブル、文机代わりの椅子の上など、
ライトスタンドの実に多いこと!
ランプ屋のようだと思った。

3月23日

南国の夜

二十年ぶりの春の薩摩は、
さくらさくらの山また谷であった。
いつもは夏か冬か夜かの、空港から市中へ向かうハイウェイの両脇、
これほどまでに山桜があろうとは、まったく知らなかった。

私が生後一年を過ごした、そしてこれからの住まいとなる家。
さっそく代々ここの家守を務めてくれている猫一族の代表が顔を出してくれ、
キャットフードをたっぷり食べていった。
こちらはこちらで池の赤いメダカに挨拶にゆく。
鯛、雲丹のお造り、赤茄子と筍の煮びたし、ホワイトアスパラガス、
牛肉のソテー、空豆、白飯の夕食ののち、
母のピアノで、「帰れソレントヘ」「音楽に寄す」「のばら」
「夢路より」「泣かせたまえ」「ともしび」を歌う。
この数日間引越しの手伝いに東京に来てくれていた両親であるが、
今日の午前中三人で荷を見送ったのち、母とは東京から鹿児島へ一緒に来、
父はすぐに熊本へ発って行った。
が、今夜この鹿児島の家でまた再会することになっている。
タフネスに感謝。

とりあえず鹿児島一日目のご報告である。

3月22日

今日の京

 東京はみぞれの朝まだきを発って京都。
車中エマソンの "Self-Reliance" (「自己信頼」)を読む。
この十年ほどはフィッツジェラルドフィッツジェラルド、
たまに他の人を扱うときもとにかく小説ばかりだったので、
思想の文章は新鮮である。
あと二十日ほどで始まる新年度の授業でまず読む予定。
エマソンは19世紀中葉、アメリカでトランセンデンタリズム(超越主義)
―まあ例えば、大自然の内に我が身を投げ打って神との交歓を目指すというようなもの
―を唱えた思想家・詩人である。

所用二件済ませたのち Iで今月のおすすめチーズ入りメンチカツランチをいただく。
たっぷりのサラダにドレッシング控えめ、ライス、アイスコーヒミルク入、
デザートに、黒い粒子が散った灰色のふるふるした物体
―さすがに、これは何ですかと訊ねたら、黒胡麻杏仁豆腐とのことであった―
すべて美味。
車で北西に上って、北野天満宮に参拝、観梅。
そのまま境内を東に出れば京都五花街(かがい)の一つ上七軒(かみしちけん)である。
千本釈迦堂の門前まで斜めに走る道に面したOで、
「北野の梅」と銘の付いた "こなし" (練りきりを蒸したもの)と椿餅一つづつ
小箱に詰めてもらって帰宅、謡の師匠の御宅へご無沙汰のお詫びに伺う。
ちょうど半年前の9月、「熊野(ゆや)」のお稽古をつけていただきながら、
「あと半年ありますから(桜の季節に)間に合いますわ〜」と軽口をたたいていたのが、
さぼりまくりでこの体たらくである。
熊野は京の桜巡りの華やかな春の曲である。

周りに振り廻されない人生を、とドクターが今日仰ったが、
それが新幹線の中で読んできたエマソンの最後の記述、
"Nothing can bring you peace but yourself"
(あなたに安らぎをもたらすのは、あなた自身だけなのですよ)
と鮮やかに響きあっていてびっくりした。
それは利己主義とは違う。
北野天満宮のすぐ南にある立本寺(りゅうほんじ)は日蓮宗一致派の本山であるが、
昨夏、その本堂の裏に一枚、
「悲しいことが多いのは、自分のことしか考えないから」と書かれた白い紙が貼ってあったのを、今日も思い出した。

3月10日











2月27日(月)「千代田夏夫行ってらっしゃいの会」

ライブのお知らせでございます。
2月27日(月)夜、
 いつもお世話になっている下北沢ガレージさんが、
「千代田夏夫 行ってらっしゃいの会」というイヴェントを開いてくださることになりました。
随分たくさんのミュージシャンが出演してくださいます。
もちろん私もオリジナルから種々のスタンダードまで、
いろいろ歌わせていただきます。


「千代田夏夫行ってらっしゃいの会」
2月27日(月) 18:30開場 19:00開演
前売り¥2000 当日¥2300
下北沢ガレージ http://www.garage.or.jp/garage/index.html
電話 03−5454−7277

急な話ながら私この春より鹿児島大学で教えることとなり、
それにあたってのおはなむけ、をいただくこととなりました。
お運びいただけましたら光栄です。


千代田夏夫

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