<< 帰鹿 | main | 青い夏、熟れてゆく夏 >>

スポンサーサイト

  • 2017.02.09 Thursday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


夏三句

 六月や峰に雲置く嵐山   芭蕉

この時期になれば日本中で口ずさまれる句だろう。
週末所用のため帰洛、
明日の朝一番で鹿児島に戻る汽車の切符をJR嵯峨嵐山駅で求めたのち、
弟の車を降りてひとり、渡月橋まで歩いて標高381mの嵐山に臨む。
車折神社頓宮に拝したのち、京都五山の第一天竜寺、野々宮神社、落柿舎、
嵯峨釈迦堂を経て、旧嵯峨御所大覚寺まで、日没までぎりぎりの猶予を得て歩く。
30分ほど市バスを待って帰宅。
太陽が山の向こうに落ちてなお明るさは残るが、
本当の夜となる直前に、ひととき、
さあーっと砂金を撒いたような薄い輝きに一面が包まれる時間がある。
今日はとりわけ、唐の洞庭湖を模したといわれる大沢池(おおさわのいけ)を擁し、
大陸風の浄土感を醸す大覚寺の門前でその光を浴びたから、
浮世から少し足の浮いた感覚はひときわであった。


六月を綺麗な風の吹くことよ  子規

筍ごはん、筍と鶏の焚き合わせ、生ゆばの昼食ののち、
植物園にゆくという父を乗せて、弟の車で家を出た。
府立植物園は京都市の北端、北山通に面しているからかなりの大廻りで
父を降ろし、二人でTの一条本店にゆく。
宇治金時、宇治氷(こちらは餡ヌキ。弟は餡がキライ。)に、
それぞれ白玉三ケと練乳をつけてもらう。
岡崎界隈を通って八坂の石段下へ、知恩院脇のいつものパーキングに車を停める。
八坂神社参拝、祇園下河原、高台寺道、二年坂、参寧坂、と、これは道なりの、
先月と全く同じコースである。
清水寺門前の清水焼屋と扇子屋が立ち並ぶ辺りでは
流石に休日の晴れた観光地の人混みに、弟とはぐれる。
シャンソンの「群集」を小さく歌う。左に右に軒の品々を楽しみながら、登る。
紅鮮やかな仁王門の前で合流。
本堂舞台からの眺めは常の如し、
今日は、いつもは奥の院に向かう途中遥拝で済ませてしまう隣接の地主神社に、
私だけ参詣。先月上がった謡曲「熊野」にも「地主権現」として現れるが、
何といっても縁結びの神様として名高い。
恋みくじ200円末吉也。境内の棚に結びつけて石段を降りる。
帰路は五条通へ出る茶碗坂を下って、東大路を北上、車に戻る。
3分のタッチの差で、駐車料金が120分のカウントに入ったところであった。
四条をひたすら西に直進という王道をとって、私だけ嵐山嵯峨野へと向かったのである。



六月の氷菓一盞の別れかな      草田男


初夏、この季節になると祖母が決まってこの句を葉書に書いて送ってきた。
夏休みを前に青年達が、かき氷を一杯すすって「じゃあな」とそれぞれの郷里に別れてゆく、
祖母の解釈はいつもこのようであった。
南の果ての旧制第七高等学校教授の長女であった祖母にとって、
それはいつまでも忘れることのない、夏のはじまりを告げる光景であったのだろう。


6月3日

・・・・・・・
・旧制第七高等学校 造士館
1901年鹿児島市に設立された官立旧制高等学校。
全国に一高から八高まであった所謂ナンバースクールのひとつ。
1949年、鹿児島農専・師範学校等とともに新制鹿児島大学を成す。

・ちなみに氷菓とは通常はアイスクリーム、アイスキャンデー、シャーベットなどを指す。



スポンサーサイト

  • 2017.02.09 Thursday
  • -
  • 23:54
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
千代田夏夫くん
とっても懐かしくて
ついコメントを残してしまいました。

お元気そうで何よりです

私は貴方の大切に育てたスイトピーの花を
潰してしまった小学生でした

もう
随分前にXmasの頃
京都で再会しましたね

また
ゆっくりお会いしたく思います


私を覚えてらっしゃるかしら?
  • 2012/06/22 4:06 PM
文さま

どうして忘れることがありましょう!
小学生時代、貴女は僕のファッションの先生でした。写真といえばアルバムに貼るスナップしか知らなかった僕に、まったく異なるアートとしてのフォトグラフィの世界を示してくれたのも文さんでした。当時の僕はまだまだコドモで、理解できていなかったように思われますが…貴女のことは僕だけでなく、僕の家族全員覚えているはずです。1997年のクリスマスには、呼び集められた側は見知らぬ他人同士ばかりの、奇妙なお茶会に無理やりご参加いただいたのでした。またの御目文字を楽しみにしております!
  • 千代田夏夫
  • 2012/06/22 5:46 PM
早速
お返事ありがとう

あれは1997年だった?

あの後
人生が激変して
すっかりご無沙汰してしまって

気付くと
30代ですから
不思議です 本当に!

いやいや私こそ
ひねたガキでした


ごめんなさい

京都にいらっしゃる時はまた
ご連絡くださいね

こちらに
Eメールアドレスを残しても良いのかしら?

急にこんな形で
失礼ですね

よければまた、10何年ぶりの
不思議なお茶会しましょう!
  • 2012/06/22 10:58 PM
文さま

いえいえ、こちらが何しろ純朴だったものですから、折角教えていただいた様々のカルチャーも受け止めきれなくて・・・京都はいまだによくウロチョロしていますので、どこかで網を張っておいてくだされば、引っ掛かるかもしれません、と、いま目を上げたら目の前にひろがる錦江湾(鹿児島湾のことを地元ではこう呼びます)に、大きな虹が架かっていました!
  • 千代田夏夫
  • 2012/06/24 5:53 PM
ありがとう

また
京都の暑い夏がきますね

久しぶりにやり取りが出来て
嬉しかったです

お母様にも
よろしくお伝えくださいね

虹!

人生をJOYする事
それ のみが
唯一絶対の反乱よ

好きな言葉です

また
いつか
きっと

では
それまで
さようなら!
  • 2012/06/27 1:14 PM
素敵な言葉。寡聞にして誰の言か知りませんが、ヴィヴィアン・ウェストウッドをなぜか思い出しました。あの冬のお茶会、ある映画監督が自殺をした直後のことで、それについて貴女が述べられたことをずっとこの15年間覚えています。いつも鮮烈なメッセージを本当にありがとう!
  • 千代田夏夫
  • 2012/06/28 7:13 AM
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>
sponsored links
selected entries
archives
recent comment
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM